大判例

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京都地方裁判所 昭和39年(ワ)1021号 判決 1967年3月23日

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は原告に対し金四二〇、〇〇〇円とこれに対する訴状送達の翌日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担する。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因等として次のとおり述べた。

「一、被告山田慶造は、昭和三一年二月二二日訴外亡谷口徳次郎(以下、訴外谷口と言う)から同人所有の京都市東山区大和大路通四条下る大和町九番地所在の家屋番号同町八七番地木造亜鉛鋼板葺平家建店舗建坪七坪九合二勺(以下、本件建物と言う)を賃料一ケ月一二、〇〇〇円で借受けていたものであるが、被告山田は、昭和三三年三月分以降右賃料の支払を遅滞していたものである。

二、訴外谷口はその後死亡し、訴外谷口トシエ、同喜久子、同敏夫の三名が相続により本件建物の所有者となつていたところ、原告は、昭和三六年五月四日右谷口トシエ等三名から本件建物を買受け、同年五月一九日その所有権移転登記を了して本件建物の所有権を取得するとともに、被告山田に対する賃貸人たる地位を承継した。

三、そして、昭和三六年五月四日、原告は、右谷口トシエ等三名から被告山田に対する昭和三三年三月分以降昭和三六年四月分迄の一ケ月一二、〇〇〇円の割合による遅滞家賃債権四五六、〇〇〇円の譲渡を受け、右同日、右谷口トシエ等から被告山田に対し右債権譲渡の通知がなされた。

四、被告山田は、その後原告に対しても賃料を支払わず、昭和三六年五月分以降昭和三九年六月分迄一ケ月一二、〇〇〇円の割合による合計四五六、〇〇〇円の賃料の支払を遅滞している。

五、右のとおり、被告山田は、原告に対し遅滞賃料合計九一二、〇〇〇円を支払うべき義務があるところ、被告山田は本件建物を賃借するに際し、本件建物明渡のときに返還を受ける約束で、訴外谷口に対し、権利金として金四五〇、〇〇〇円を支払つているので、右遅滞賃料から右権利金四五〇、〇〇〇円を控除した四六二、〇〇〇円中金四二〇、〇〇〇円とこれに対する訴状送達の翌日以降支払済に至る迄の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六、被告浜谷勝弘は、昭和三六年八月以降被告山田とともに本件建物で飲食店を共同で経営し、本件建物を占有使用していたものであるから、被告山田とともに前示遅滞賃料を支払うべき義務がある。

七、被告浜谷に対する右主張が認められないとしても、被告浜谷は、昭和三六年八月二日被告山田から本件建物の賃借権の譲渡を受け、その後本件建物を占有使用していたものであるから、昭和三六年八月分以降昭和三九年六月分迄一ケ月一二、〇〇〇円の割合による遅滞賃料合計四二〇、〇〇〇円を支払うべき義務がある。

八、被告山田主張四の事実中、訴外三上から訴外谷口を相手として本件建物の収去を求める訴が提起され、その後被告山田主張のとおりの経緯で、訴外谷口敗訴の判決が確定し、本件建物が取壊されていることは認めるが、その余の事実は争う。

訴外谷口が、訴外三上との訴訟係属中、被告山田に対して家賃を預けるとしたのは、訴外谷口が被告山田に対して返還義務を負う権利金の額四五〇、〇〇〇円に達する迄その賃料支払を猶予するとしたに過ぎず、賃料債務全部を免除したものではない。」

被告山田慶造の訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その答弁並びに抗弁として次のとおり述べた。

「一、原告主張一の事実は、賃料額を除きすべて認める。賃料は一ケ月七、五〇〇円である。

二、原告主張二の事実は認める。

三、原告主張三の事実中、被告山田が、昭和三三年三月分以降本件建物の賃料の支払をしていないことは認めるが、その余の事実はすべて争う。

四、原告主張四、五の事実中、被告山田が訴外谷口に対し権利金として金四五〇、〇〇〇円を支払つていたこと、右権利金は本件建物明渡の際返還を受ける約束であつたことは認めるが、その余の事実はすべて争う。

五、被告山田は、訴外谷口から本件建物を賃借し、飲食店を経営していたが、その後、訴外三上栄一から訴外谷口に対し、本件建物が右訴外三上の土地を不法に占有しているとして建物収去土地明渡請求の訴が提起され、第一審で訴外谷口が敗訴し、本件建物を収去しなければならない事態が生じたことから、昭和三四年二月二八日、被告山田と訴外谷口との間で、前示訴外谷口と訴外三上との訴訟の係属中、本件建物の賃料を被告山田において預ることとし、上訴審において訴外谷口が勝訴し、被告山田の本件建物の継続使用が可能となつたときは被告山田において賃料を支払うが、訴外谷口の敗訴が確定したときは賃料の支払を免除する旨の約定が成立した。

そして、訴外谷口は、前記第一審判決を不服として控訴、上告したがいずれも棄却されて右敗訴判決が確定し、本件建物は取壊された。

従つて、被告山田は、前示約定により、訴外谷口及びその後の賃貸人である原告に対しても賃料支払の義務はない。

六、仮に右主張が認められないとしても、被告山田に賃料支払の義務はなく、被告浜谷が賃料支払義務者である。即ち、被告山田は、訴外谷口から本件建物での営業権の譲渡、転貸についての承諾を得て本件建物を借受け、当初自ら飲食店を経営し、その後は訴外荒木と店舗共同経営契約を締結して訴外荒木に右経営を委せていたところ、右訴外人は訴外藤田幾代に、訴外藤田は被告浜谷に順次営業権を譲渡し、昭和三六年八月二日以降は被告浜谷が被告山田の賃借権を不法に侵奪して本件建物を占有し、飲食店を経営していたものであるから、賃料支払義務は被告山田にある。」

被告浜谷の訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁並びに抗弁として次のとおり述べた。

「一、原告主張事実中、本件建物につき原告主張のとおりの原告の為の所有権移転登記がなされたこと、被告浜谷が、昭和三六年八月から同年九月に至るまでの約三週間本件建物を占有していたことは認めるが、その余の事実はすべて争う。

被告浜谷が本件建物についての賃借人となつたことはないから、訴外谷口そして原告に対し賃料支払の義務はない。

被告浜谷は、昭和三六年八月二日、本件建物で被告山田と共同で飲食店を経営していた訴外藤田幾代から共同営業権の譲渡を受けて本件建物を占有使用していたに過ぎない。従つて、賃料支払義務は賃借人たる被告山田にあり、被告浜谷が原告に対し賃料を支払う義務はない。

二、仮に、何等かの理由で被告浜谷に賃料支払の義務があるとしても、被告浜谷は、原告に対し次のとおりの金四〇〇、〇〇〇円の債権を有するので対等額において相殺する。

即ち、被告浜谷は昭和三六年一〇月一八日、原告の代理人西口栄助との間で、本件建物につき代金一、〇〇〇、〇〇〇円、本件建物の借地権を原告において確保する旨の売買契約を締結し、被告浜谷は同日原告に対し手附として金二〇〇、〇〇〇円を支払つた。ところが、訴外三上と訴外谷口との間の訴訟において本件建物の収去を命ずる判決がなされ、本件建物についての借地権を得られないことが明らかとなつたので、被告浜谷は原告に対しその頃右売買契約を解除した。そして右債務不履行は原告の責に帰すべき事由によるものであり、原告は被告浜谷に対し手附金の倍額四〇〇、〇〇〇円を返還すべき義務がある。」

立証(省略)

理由

一、被告山田に対する請求について

(一)  原告主張一、二の事実は、賃料額の点を除きすべて当事者間に争いがない。賃料は成立に争いのない乙第三、第五号証と被告山田慶造本人の供述により一ケ月七、五〇〇円であつたと認められ、右認定を覆すに足るものはない。

(二)  そして、被告山田が昭和三三年三月分以降訴外谷口に、又原告が本件建物の所有権取得後は原告に、いずれも賃料の支払をしていないことは当事者間に争いがない。

(三)  そこで以下、被告山田が訴外谷口から賃料支払債務の免除を得ていたか否かについて考察する。

被告山田が、訴外谷口から本件建物を賃借するに際し、権利金として金四五〇、〇〇〇円を支払つたこと、被告山田と訴外谷口との間で、右権利金は、被告山田が建物明渡の際返還する旨の約定がなされていたことは当事者間に争いがなく、この事実と成立に争いのない乙第二、第三号証に被告山田慶造本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、被告山田は訴外谷口から本件建物を賃借し飲食店を経営していたところ、訴外谷口が訴外三上栄一から本件建物の収去を求める訴を提起され、しかも第一審で敗訴の判決を受けたこと、訴外谷口はこの判決を不服として控訴したものの、本件建物を収去しなければならない事態に至つたときの被告山田の蒙る損害の賠償金や、訴外谷口が被告山田に返還しなければならない権利金四五〇、〇〇〇円の支払に充当する目的で、昭和三四年二月二八日、被告山田と訴外谷口との間で、前示訴外三上と訴外谷口との間の訴訟係属中、本件建物の賃料を被告山田において保管することとし、上訴審で一審判決が取消され、訴外谷口徳次郎の勝訴が確定し、被告山田の本件建物の継続使用が可能となつたときは、賃料を訴外谷口に支払うが、訴外谷口の敗訴が確定し本件建物を収去せねばならなくなつたときは、爾後の賃料をもつて権利金及び損害賠償金の支払に充当することとして賃料の請求をしない旨の約定の成立したことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

そして、その後被告山田主張四のとおりの経緯で訴外谷口敗訴の判決が確定し、本件建物が取壊されたことは当事者間に争いがない。

右事実によれば、被告山田は、前示約定どおり訴外谷口から本件建物につき賃料支払債務を免除されたものと言うべきであり、訴外谷口に対し、又、その後本件建物の所有権者となり訴外谷口の賃貸人の地位を承継した訴外谷口トシエ、同喜久子、同敏夫及び原告に対しても賃料支払の義務はないものと認めざるを得ない。

(四)  以上認定のとおりであるから、原告の被告山田に対する請求は、その余の点について触れるまでもなく失当として棄却する。

二、被告浜谷に対する請求について

(一)  原告は、被告浜谷が、被告山田とともに共同経営者として本件建物を占有していたものであるから賃料支払の義務があると主張する。しかしながら、本訴請求が本件建物についての賃料の請求である以上、賃貸借の当事者即ち賃借人に非ざる被告浜谷に対する賃料請求は、主張自体理由がなく失当である。

(二)  次に原告は、被告浜谷が、昭和三六年八月二日被告山田から本件建物の賃借権の譲渡を受けたものであるから賃料支払の義務があると主張するけれども被告浜谷が被告山田から賃借権の譲渡を受けた事実を認めるに足る証拠は全くない。従つてこの点の原告の主張も採用しない。

(三)  とすると、原告の被告浜谷に対する請求も、その余の点に触れるまでも理由がなく失当である。

三、よつて、原告の本訴請求をすべて失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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